「右ハンドル車を守れ」ウラジオストック市民が日の丸掲げて抗議

http://www.hokkaido-np.co.jp/news/international/130805.php
耐久性に長けた日本の中古車が寒冷地や砂漠地帯で人気なのは周知の事実ですが、頼んでも無いのに日本国旗を(損傷目的以外で)用いたデモなんて、他の隣国じゃ考えられないことですねぇ。
っていうか、新聞をランク付けした2ちゃんねるのコピペで「チラシの裏」に分類されるほどアカいはずなのに、こういうニュースも報じる辺りが道新の油断ならないところw
 
 
 
ロシアで思い出しましたが、テルミン奏者竹内正実氏の地元でもある我が出身地は、何故か「森は生きている」をイチオシしてるんですよね。
湯浅芳子が翻訳した絵本は中央公民館の図書室にあったし、20年近く前にはアニメーション映画(矢吹公郎監督の1980年版か?)を同公民館の一室で上映していました(あとは西遊記とか、ガンバの冒険とか)。
思えば、あれが私を「ツンデレ我侭箱入り娘萌え」と「薄幸純情美少女萌え」に目覚めさせたのかもしれません(笑)
それにしても、「釈放せよ」より字数が短いからという理由で「死刑にせよ」って女王の執行サイン書かれた囚人カワイソス。
 
 
13,4年ほど前、小学校の音楽の授業で林光作曲の「森は生きている」を習いました。
先述のアニメ映画で大きなキーワードとなっていた「マツユキ草」という言葉を聞いて、非常に感慨深く思ったものです。
「森は〜生きている〜 風だ〜って雲だって〜 小川〜のせせらぎだって〜 生きて〜い〜る〜♪(以下略)」
 
 
中学校(9,10年ほど前)では、なんと教科書無視で、授業の大半が林光のオペラを題材に進行。某文化団体連合会の支持者でもあるらしいあの作曲家と、何か縁でもあったのかOtoma May(苗字をローマ字表記で逆から読んだ芸名)先生…。
思想的にどうであったかはさておき、あの人の曲は基本的に好きでした。
 
召使「女王陛下のご命令は とんでもない とんでもない 付き合いきれない ことばかり なんとかしたいが 世の中は 思うに任せぬことばかり 無理を通せば 角が立つ」
 
博士「一月はヤンワーリ 二月はフェブラーリ 三月はマールト 四月はアプレーリ 五月はマーイ 六月イューニ 七月イューリ 八月アーウグスト 九月センチャーブリ 十月オクチャーブリ 十一月ノヤーブリ 十二月デカーブリ 月は次々順番に交代します 四月がフェブラーリよりも先になったり アウグストよりも早くセンチャーブリが来たりしたことは未だ一度もございません」
女王「じゃあ私が アプレーリが来るようにって 願ったらどう?」
博士「畏れながら 陛下 不可能でございます!」
女王「あなたは また!」
博士「決して 陛下にお逆らい するのではございません 科学の法則 自然の掟でございます」
女王「じゃあ私が 新しい掟を決めて 女王の大きなハンコをついたら?」
博士「畏れながらそれも 効き目は無いかと存じます 第一 一年の暦を そのように変えますことは 陛下には必要ございますまい なぜなら 月はそれぞれが 贈り物を持って 私どもを 訪れるからでございます 十二月にはスケート 一月新年モミの木祭り 二月はカーニバルと小屋がけ芝居 三月には雪解けが始まりますし 四月には雪の下から 初めてのマツユキ草が 顔を…」